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水俣市「もやい館」と音楽療法の歩み

小林 真寿子(平成音楽大学)

 1956年に水俣病が公式に確認されてから39年後の1995年、国と熊本県は水俣病問題の早期解決を目指し、水俣市に「福祉総合会館もやい館」の建設を開始しました。「もやい」とは、「船を岸壁につなぎとめる杭や、船と船を結ぶ綱」、さらに「人々が協力して物事を進める」という意味をもつ言葉です。


 当時の水俣では、市議の「偽水俣病患者がいる」といった発言が問題となり、市民と患者団体との間に深い隔たりや差別が生じていました。そのような状況を少しでも改善するため、もやい館の設計段階から市民有志の意見が積極的に取り入れられ、「こころコンサート」などの交流イベントも企画されました。
 

 筆者は当時、水俣病患者施設「明水園」で毎週音楽療法活動を行っていたことから、有志の一員としてもやい館の設計メンバーに加わりました。1995年は日本の音楽療法界も活発化しており、岐阜県や奈良市では行政主導で音楽療法士の養成や市民への音楽療法サービスが展開されていました。筆者はその資料をまとめ、毎日のように水俣市長室を訪問して、「もやい館」に『音楽療法センター』を設置することを提案しました。さらに、子ども図書館、防音設備付き音楽室、楽器庫、小ホールの設置も要望しました。その結果、「水俣・芦北音楽療法センター」の設立が正式に決定しました。
 

 運営は「みなまた音楽療法研究会」が担い、水俣市の支援を受けながら、2025年の現在まで、水俣病患者のみならず、近隣の芦北地域の住民へも音楽療法を提供し続けています。
 

【明水園との出会いと差別の記憶】
 筆者が明水園に関わるきっかけは、前述の市議による「偽患者問題」発言でした。水俣で育った筆者は、学校教育の中で水俣病について十分に学ぶ機会がありませんでした。加害企業に勤める同級生が同じ教室にいたこともあり、学校ではこの問題が避けられていたのです。

 修学旅行前のオリエンテーションでは、教員から「水俣から来たと言ってはいけない」と指導されたこともあります。さらに、大学時代、県外の友人から「水俣病ってうつるの?」と尋ねられ、深く傷ついた経験もありました。こうした差別や偏見を目の当たりにし、大学卒業後は自らの目で水俣病を理解したいという思いから明水園に関わるようになりました。
 

【事例紹介】
 A氏(70代・男性)は、水俣病の後遺症により反回神経麻痺(嗄声のみの発声)を抱えておられました。どれだけ声をかけても、集団音楽療法への参加はありませんでした。

 ある日、筆者がオーシャンドラムを鳴らしながら病棟を回っていると、A氏が興味を示されました。A氏は元漁師でした。その後、少しずつ活動に顔を出すようになり、半年後には集団の最前列で積極的に参加されるようになりました。
 そしてA氏の最期の時、筆者はオーシャンドラムの波の音を奏でながら、その旅立ちをお見送りしました。
 

【継続する音楽療法の力】
 明水園での音楽療法活動が30年間にわたり、水俣の音楽療法士たちによって継続されていることを、筆者は大変うれしく思っています。行政が関わった音楽療法活動がこれほど長く続いている例は全国的にも極めて稀であり、画期的なことだと考えます。


 その要因として、活動を担う音楽療法士たちが常に専門的な研鑽を重ねてきたこと、また熊本県内の音楽療法士たちと頻繁に情報交換し、学会や講習会の運営を協力して行ってきたことが、活動の質を高く保つ大きな力となったと確信しています。
 

水俣市における音楽療法

駒田 理美子(みなまた音楽療法研究会代表)

みなまた音楽療法研究会は、発足した 1996 年より、
〇市長への音楽療法の必要性のアプローチ 
〇市民セミナーや情報誌発行による関係者への啓蒙活動 
〇地域内のさまざまな集まりや障がい者団体での親睦のための音楽活動 
〇福祉的コンサートでのボランティア継続 等、
行政や周辺領域の方々に音楽療法について正しく理解していただき、信頼関係を築くことで行政からの 協力を得、活動の場を増やし、30 年間活動を続けて参りました。 

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 また関係者や利用者から活動内容が評価されたことも地域で継続した活動ができている理由だと考えます。この場でシンポジウムでは触れなかった住民自由参加の介護予防での実践を一つ紹介させていただくことで発表の補足とさせていただきたいと思います。

「地域リビング」音楽療法   市内19地区で開催、各地区 200 回前後の音楽活動が継続中 

主催:地域住民    協力:水俣市社会福祉協議会、国立水俣病総合研究センター 
対象:町内(部落)単位の地域住民  自由参加
場所:地域の公民館 
目的:介護予防 地域コミュニティづくり
頻度:月1回1時間(地域リビング自体は毎週開催され、多種の活動が年1〜6回行われている) 
内容:①呼吸法(深呼吸、ロングトーンなど、リラックスして呼吸や声に意識を向ける)
   ②歌唱(童謡唱歌、昭和歌謡など3曲ほど歌い、それにちなんだ話題を出し会話を促す) 
   ③リズム活動(手具や楽器を使い、音楽のリズムに合わせた軽い動きを入れる) 
   ④楽器活動(リズム合奏、打楽器による自由奏、ハーモニー奏など行う)
   ⑤クールダウン(音楽に合わせて体ほぐし、深呼吸) 
19 地区全てで毎回上記の流れでセッションを行い、選曲や具体的な活動内容は、担当セラピ
スト2名で地区の個性やリクエストなどにより決める。 


 セッション中や終了後、参加者から「みんなで歌うから楽しい」「先生のリードで難しいこともできて しまう」「生演奏で歌えて幸せ」「手作り楽器が工夫されている」「きれいな音の楽器で癒される」「太鼓を たたくとスッキリする」「音楽は楽しい気持ちだけを持って帰れるからいい」など自由に感想が寄せられ ます。日頃はご近所さんとして関係を築いている方々ですが、音楽の時間は、単に「音楽する仲間」とし て時間を共にし、そこには利害関係も何もなく、その非日常の心地よさを胸にまた日常生活に戻っていく場になっていると言えます。「地域リビング」は自由参加なのですが、どの地区も音楽療法への参加が 多く中心的活動になっています。またここでの音楽経験をステップにして他の音楽活動(コーラスなど) に参加したり、地元の演奏会に足を運んだりする方も増えています。 

 30 年の歩みの中で、参加者も世代交代し、生きてきた時代や音楽経験の違いにより集団音楽療法の有 りようも変化させていく必要もありますが、音楽を楽しむ様子に変わりはないように感じます。良い音 楽の場を提供できるように、今後も地域や参加者と向かい合いながら活動を続けて参ります。 

 

 

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